建築家・丸谷博男さんによる連載コラム「光のエッセイ」。様々な視点、切り口で光とは何かを紐解いていきます。
第一弾のテーマは、「西欧の厚い壁・日本の薄い壁」。まずは、著者・丸谷博男さんのプロフィールをご紹介します。

丸谷博男 プロフィール
1948年9月山梨県に生まれる。東京育ち。東京都世田谷区在住。東京芸術大学美術学部建築科・大学院卒業、同大学非常勤講師を約40年務める。一級建築士事務所(株)エーアンドエー・セントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事。2017年4月より、建築マイスター専門学校・ICSカレッジオブアーツの専任教授/学長として赴任。
東京芸術大学美術学部建築科奥村研究室にて設計・デザイン・エアコンディションニング術を学ぶ。 また、1970年代より奧村昭雄のもとで環境共生、OMソーラー、地熱の利用などに取り組み、現在もこの分野では先進を行き、医療福祉施設・環境共生住宅づくりにも取り組む。 2013年エコハウス研究会を立ち上げ、全国各地で住宅講座を開き、家づくりの技術と人材の育成に努めている。「エコハウス研究会world club」を2013.1開設、現在会員約4000人。日本の住まいの伝統の知恵を科学的に再評価し、現代住宅の課題に様々な提案をしている。
著書は以下の通り。
・住まいのアイデアスケッチ集 (彰国社)
・家づくりを成功させる本 (彰国社)
・設備から考える住宅の設計(彰国社)
・実践木造住宅のディテール (彰国社)
・男と女の建築家が語る家づくりの話(共著、日本工業出版)
・家づくり100の知恵(彰国社)
・イラストによる家づくり成功読本(共著、彰国社)
・そらどまの家(萌文社)
・デンマークのヒュッゲな生活空間(共著、萌文社)
・新そらどまの家(萌文社)
・ZIGZAGHOUSE-箱から住具へ(共著、萌文社)
西欧の厚い壁
ヨーロッパの古城や修道院を訪ね、石積みの厚い壁にある窓から入り込んでくる光りにとても感動したことはありませんか。
壁が厚いので、真っすぐに射し込んでくる光りはほんの一瞬。多くの時間は、両サイドの壁に反射し、室内に広がる光りとなって行きます。両サイドの壁は凸凹しているため、その反射は、拡散光となり人々の目に優しい光りとなります。
これは、文字で説明するよりも写真(写真1)をご覧下さい。

修道院の多くには回廊があります。この回廊と庭園との間にはアーチ状の柱があります。この柱には装飾が彫刻されているためそこの当たった光はあらゆる方向に拡散されます。
このアーチと柱の陰をご覧下さい。たくさん陰があり重なり合っている事に気付くと思います。このグラデーションのような光りのあり方、これがとても幽玄なのです。まさに光りの並なのです。プリズムを通る光が様々な色に分解されて行くような感覚と同じような感覚なのです。(写真2、写真3)


中世のロマネスク建築はその後のゴシック建築とは異なり、大きな窓を開けることができませんでしたので、真っ暗な室内に対し、入射して来る光が貴重で、大変印象的に感じます。
その光りの影響で、見え隠れする室内空間が大変解りやすく落ち着く空間となるのです。光りの有り難さもとても解りやすいものとなるのです。
ローマにあるローマ時代の建築「パンテオン」。これも不思議な建物です。建物の真ん中に穴があいているのです。ドーム状の高い天井に丸い穴が開き、太陽の動きと共に床や壁面を照らして行くのです。とても印象的で人為的な行為なのです。
日本の薄い壁
さて、これに対して日本の建築の開口部を通して入ってくる光りはどのようなものでしょうか。
日本の木造建築は柱の幅が壁の奥行きでもあります。ヨーロッパの石積みの建築とは大違いです。とても薄い壁なのです。
それは、ほとんど直射に近いものなのです。したがって、家の中にできる陰を思い浮かべてください。明と暗がくっきりとしています。中間が無いのです。ですから、ヨーロッパの厚い壁で見られたグラデーションのある幽玄な光りは何処にも無いのです。現代建築の薄っぺらな感じは、構造体の薄さだけではなく、その壁では生み出すことのできない光りのあり方が薄っぺらなことが性格付けしているのです。
フランスの巨匠建築家ル・コルビュジェは、コンクリートの建築の薄っぺたさを解消するために二つの方法を考え出し実作しました。
一つは、開口部に直行する壁を設けたことです。これは光りと風を呼び込む仕掛けになりました。(写真4、写真5)


そして、もう一つはコンクリートで厚い壁をつくり、自由に開けられるコンクリートの利点を最大限に行かし自由造形の開口部をつくり出したのです。(写真6、写真7)


さて、日本でも壁は薄くても豊かな光りをつくり出しました。それは次のような建築の断面構造によってつくり出したのです。
庭には白砂が敷き詰められています。これは、抽象的な表現であると同時に、光の反射装置でもあります。その反射は、玉石や砂によるものなので拡散光となり柔らかい光りとなって建築の隅々を照らします。
そしてさらに内側にある濡れ縁や広縁は、木材の床板という形での反射板となります。板には、木目があり虫眼鏡で見ると、ギザギザと波立っています。この面によって光りは他方向へと反射され、直射光は柔らかい光りへと姿を変え、建築に照射されて行きます。さらにその奥には、畳があるのです。あらゆる光りを吸収して行きます。土壁や和紙の障子や襖も同じように素材の特徴を反映した光の反射と吸収を機能しています。
お寺や宮殿の壁には昔から漆喰壁が塗られてきました。これは、反射を目的とした照明装置です。屋内で行われる筆記や読書に役立てるためでした。(写真8)

現代は、電気による照明があるため、何の工夫もすること無く明るさを得ることができます。そのために返って単純な空間となってしまい、おもしろさも薄れてしまっています。
ヨーロッパでも日本でも人々は建築と共に、限りない工夫を凝らし、豊かな空間をつくりあげてきました。そこに源氏物語のような幽玄で雅やかな小説がつくり出され、短歌が生まれ、完成と芸術画育まれて来たのです。安土桃山時代には、書院建築、数寄屋建築、ふすま絵等が誕生しさらに日本の完成空間が極められました。その最高峰にあるものが桂離宮でもあったのです。